不機嫌な狼
もし誰かがレ―シング・マシンを買って、市街地の足として使えるように、当局の許可を取ったとしよう。
すると彼は日常生活の内側に、極めて不機嫌な狼を一匹、所有することになる。
<レ―シング・レプリカ>はそういう新しい機種である。
それはスポ―ツ車ではない。
公道を走ることの可能なレ―ス用に開発されたバイクのストリ―ト・バ―ジョンで、最初に発売されたΓ250シリ―ズは爆発的に売れた。
RG500Γはその最新版、排気量498CC、64Hp/8,500rpmの恐怖が4本の排気筒から、まき散らされる。
セルモ―タ―はない。
しかし、ひとたび蹴り起こされると、その獣は異常に大きな声で吠える。
荒れ果てた準工地や松林のなかの一軒屋ならともかく、市街地の路地や住宅街では、シベリアン・ハスキ―の遠吠えをエンジン・スタ―トのたびごとに、まき散らすことになる。
始動性は容易で、ライデイング・ポジションも快適。
原宿のアイスクリ―ムショップの前に置いても奇麗に見える衣装は与えられている。
その意味では500Γもまたファッション・バイクだが、いかんせんΓもどきが多過ぎてスタイルでは目立たない。
500Γのパワ―は、都内の走行をほとんどロ―でカバ―してしまう。
ただしこの状態での走行は、市販のフツ―のバイクとおなじスム―スさを与えられてはいるものの、この機械の主張する物凄い不機嫌な、戦闘的気分を厭というほど体験することになる。
彼は今日の都市交通の状況がまったく気に入らない。
延々と続くトラックの列のそばを、のろのろと進むことが気に食わぬ。
赤信号でながながと待たされると4気筒の排気音が、不規則な振動と不等間隔の爆発に混ざったスウエア・ワ―ドを吐きだす。
信号が変わる。
左の3本指を緩めながらアクセルを開けてゆくと、ジエット・エンジンの噴射音と地獄の犬の悲鳴が混ざったような排気音を背後に残して、目の前の風景が一瞬暗くなる。
(あまりにも加速が猛烈なため光が網膜に充分届かない)
恐ろしい風圧で眼から涙があふれ、涙のなかに信号機やアスファルトに塗られた記号が飛び散る。
するとズ―ムレンズで引き寄せたように、眼の前に次の交差点で止まっていたトラックの荷台がひき据えられる。
これは<コヤニスカッテイ>の世界だ。
ハイウエイを切るバタ―ナイフ、500Γはハイウエイにあがると一転して上機嫌になる。
ロ―で80、セカンドで120、サ―ドでクル―ジング、と実はその状態でさえ合法的速度を超えているのだが、腕さえ許せばさらにさらに加速しようとする。
一昔前、”ブリキのバナナ”とニックネ―ムされたマッハの狂気の加速力がより洗練されたテクノロジ―を伴って再現される。
まるでバタ―ナイフでバタ―を切るように(どこかで聞いたことのある台詞だが)ハイウエイ上の4輪、8輪、16輪車を切り刻んで抜いて行くことが出来る。
タコメ―タ―は3000回転以下は省略されている。
もちろんタコメ―タ―は少しも動かなくてもバイクは走る。
ただし異様な不機嫌を露わしながら。
そして、それは乗り手に伝染してソアラのなかで音楽を聞いているひとたちと極端に対立する世界観を醸し出す。
6000回転から上は、まるで尾翼もないのに雲のうえまで上がってゆくようなトルクが発生する。
ハイウエイの巡航速度で走る乗用車が庭石のように止まってしまい、500Γはまるでハイウエイをモトクロッサ―のように横切って走る。
だが正直に白状しよう。
筆者の腕ではこの500Γは、ギアが5速であることを確かめたことが最大の収穫で、4速はおろか3速のフルスロットルさえ試せなかった。
恥しいとは思わない。
僕はこのテストランから、無事に生きて帰りたかった。
そして無事に帰って今は原稿を書いているけれど、ほんとのところ心境はベトナムから無事脱出したグエン・カオ・キと同じで、(もう少しなんとかなったのではないかとも思っているが)同胞よ、無事で暮らして欲しいと思う。
☆スズキ自動車がバックアップしている、吉村秀雄のチュ―ンしたバイクと、世界最大の2輪メ―カ―本田技研工業の2輪車群と、この2サイクル・レ―シング・レプリカという新しいトレンドを三角形の頂点に配置すると、今日のモ―タ―サイクル・マ―ケットの状況が明白になる。
スズキ自動車がバックアップしている名チュ―ナ―吉村秀雄は、バイクを大衆社会向けの商品として開発して売ろうとしたわけではなかった。
空を飛びたさの余り、旧時代の海軍航空機関士になった彼は、今でこそワ―クス・チ―ムの最新テクノロジ―に追い抜かれかけているが、世代も生い立ちも、世界最大の2輪メ―カ―の帝王と、ほとんど同じである
。
彼はカスタムメイクのレ―シングスポ―ツに全てを賭けた。
今日、運命の女神は、この二人のどちらの男にも平等に微笑みかけている。
量産されて、ジエントルになり、誰にでも乗れる筈のバイクと、ただひたすら特別な才能に恵まれたホモ・モ―ベンスが、より速く走るためにつくられたバイクと、彼女の皿の上にはその2種類のバイクが乗っており、絶えず時代の波と共に揺れている。
いま、その片方の皿からもう一方の皿へ<レ―シング・レプリカ>と呼ばれる量産車のグル―プが、移動をはじめた背後には、バイクを単なる商品として考えることをしなかった男達の影がある。
今日、本田宋一郎の弟子たちのつくる2輪車群には昔日の面影はない。
スズキ自動車が、ファクトリ―・チュ―ンの2ストロ―クと、吉村チュ―ンの4ストロ―クをくつわをならべて売りだしたのは、YH戦争で疲れ果てほとんど死に体になった巨大メ―カ―、ホンダの占有するマ―ケットにそういうニッチュを見いだしたからに相違ない。
☆夏の雲は壊れやすく脆い、発達した積乱雲も数時間で崩れてしまう。
そのあとには風が吹き荒れて、また新しい雲がやってくる。
その雲の下を特攻機が飛んだ時代もあったけれど、ガンマの走る季節はそういう雲の下の夏だ。
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